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札幌地方裁判所 昭和44年(モ)900号 判決 1969年9月18日

債権者 金井威憲

右訴訟代理人弁護士 萩原剛

債務者 相坂豊四郎こと 相坂豊士郎

右訴訟代理人弁護士 土井勝三郎

右訴訟代理人弁護士 岩谷武夫

主文

債権者と債務者間の札幌地方裁判所昭和四四年(ヨ)第一七四号債権仮差押事件について当裁判所が同年三月二二日になした決定を取消す。

債権者の右仮差押申請を却下する。

訴訟費用は債権者の負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

債権者訴訟代理人は「主文第一項掲記の仮差押決定を認可する。訴訟費用は債務者の負担とする。」との判決を求めその理由として、

一、債権者は昭和四〇年七月二三日債務者から別紙目録(一)記載の土地及び建物(以下本件不動産という)を代金三、〇〇〇万円で買受けた。その際、手附金を七〇〇万円とし、これを即日支払い、残金二、三〇〇万円は債務者が昭和四〇年九月三〇日までの間に本件不動産を明渡し、かつ、所有権移転登記手続をなすと同時に支払うこととし、なお、本契約解除につき債務者に義務違反があったときは債務者は手附金の倍額を債権者に支払わなければならない旨の特約が附せられた。債権者は右約旨に従って契約当日に手附金七〇〇万円を支払った。

二、しかるに、その直後、債務者は、右売買価格が低廉であるとの理由で債務者に対し一方的に右売買契約を解除をする旨の申込をしたので、債権者はやむなく、債務者が前記手附金七〇〇万円の倍額を返還することを条件にこれを承諾した。

三、そこで、債権者は債務者に対し右手附金の倍額金一、四〇〇万円の支払を求めたが、債務者の応ずるところとならないので、札幌地方裁判所に右手附金倍額返還請求の訴を提起し右事件は同庁昭和四〇年第一、一三一号事件として現在審理中である。

四、ところが、債務者は、最近に至り本件不動産を株式会社こんどう(室蘭市中央町一丁目三番八号、代表取締役近藤国平)に売渡し、代金の授受も行われる模様である。しかし、債務者は他にも相当の債務を負担し、資産としては株式会社こんどうに対する別紙目録(二)記載の本件不動産の右売買代金請求権のほか見るべきものは存しない。しかも、債務者は右債権とて他からの差押等を免れるため、特殊の利害関係を有する者と結託してその仮装譲渡又は代理受領等の方法を講じて、資産の隠匿を企てている。

五、かくては、債権者が前記本案判決において勝訴しても強制執行が不能になるおそれがあるので、これを保全するため、当庁に債務者の有する別紙目録(二)記載の債権の仮差押を申請したところ、主文第一項掲記のとおり右申請は認容された。右決定(以下本件仮差押決定という)は正当であるので、その認可を求める。

と述べ、債務者の主張に対し、「債権者は前記本案事件において手附金の倍額金一、四〇〇万円のほかこれに対する訴状送達の翌日である昭和四〇年一二月一〇日以降完済に至るまで年五分の割合による民法所定の遅延損害金の支払を求めており、右遅延損害金の額は昭和四四年一二月までには金二八〇万円に達する。そして、本案につき当庁で判決がなされた後更に上訴されることになれば、右遅延損害金の額は一年七〇万円の割合で加増していくことになる。このような遅延損害金の点を考慮に入れるならば、本件仮差押はなおその必要性に欠けるところはなく、元本債権のみから必要性を論じている債務者の主張は失当であると述べた。立証≪省略≫。

債務者訴訟代理人は主文第一、第二項同旨の判決を求め、答弁として、「申請の理由四の事実を否認する。」と述べたほか、

一、債権者は本件仮差押決定のほか、その主張の手附金倍額返還請求権につき

1、うち金七〇〇万円についての強制執行保全のため本件不動産につき当庁に仮差押を申請し昭和四〇年一〇月一四日その決定を得(昭和四〇年(ヨ)第四六七号不動産仮差押事件、以下「仮差押決定(一)」という。)。

2、 右仮差押(一)の執行処分が後記二のように取消されると、再びうち金七〇〇万円についての強制執行保全のため本件不動産につき当庁に仮差押を申請し、昭和四四年三月一九日その決定を得た(昭和四四年(ヨ)第一六九号不動産仮差押事件、以下「仮差押決定(二)」という。)。

二、しかし、仮差押決定(一)は債務者が定められた解放金七〇〇万円を供託したため、昭和四四年二月二七日その執行処分が取消され仮差押決定(二)も債務者が定められた解放金七〇〇万円を供託したため、同年四月二日その執行処分が取消された。

三、ところで債権者主張の手附金倍額返還請求権の金額はその主張自体から明らかなように金一、四〇〇万円であるから、債権者の右債権は前記仮差押決定(一)(二)によって十分保全されている。従って、仮に債権者主張の債権が存するとしても、その後になされた本件仮差押決定は、全く保全の必要性を欠くものといわざるを得ないので、その取消を求める。

と述べ、債権者の主張に対し「本件仮差押及び仮差押(一)(二)はいずれも債権者主張の手附金倍額返還請求権金一、四〇〇万円の元本についてのみなされたものであって、その遅延損害金について保全していないことは明らかであるから、債権者の主張は失当である。」と述べた。立証≪省略≫。

理由

申請の理由一の事実は≪証拠省略≫によって認めることができる。次に債権者主張の手附金倍額返還請求権(以下「本件債権」という。)を被保全権利とする次のような仮差押決定及びその執行処分取消決定がなされていることは当裁判所に明らかである。

(一)  本件債権のうち金七〇〇万円につき昭和四〇年一〇月一四日本件不動産に対してなされた仮差押決定(昭和四〇年(ヨ)第四六七号事件、仮差押決定(一))

(二)  債務者が仮差押決定(一)に定められた解放金七〇〇万円を供託したことにより、昭和四四年二月二七日なされた仮差押決定(一)の執行処分取消決定(同年(モ)第三七六号事件)

(三)  本件債権のうち金七〇〇万円につき同年三月一九日本件不動産に対してなされた仮差押決定(同年(ヨ)第一六九号事件、仮差押決定(二))

(四)  本件債権のうち金七〇〇万円につき同年三月二二日別紙目録(二)記載の債権に対してなされた仮差押決定(同年(ヨ)第一七四号、本件仮差押)

(五)  債務者が仮差押決定(二)に定められた解放金七〇〇万円を供託したことにより同年四月二日なされた仮差押(二)の執行処分取消決定(同年(モ)第六九四号)

そこで、本件仮差押申請につき、被保全権利である本件債権の存否はともかくとして、その保全の必要性について検討すると、右の事実によれば、本件仮差押決定当時債権者主張の本件債権金一、四〇〇万円は、うち金七〇〇万円につき仮差押決定(一)の執行処分取消決定の際供託された解放金七〇〇万円及びうち金七〇〇万円につき本件不動産に対する仮差押決定(二)によって保全されていたことが認められる。そして、本件不動産の価値が金七〇〇万円以上であることは、債権者債務者間の本件不動産の売買価格が金三、〇〇〇万円であることからみても明らかであるから、この上さらに本件債権について債務者の他の財産に対し仮差押をするためには、単に、債務者が他に財産を有しないとか、財産を隠匿するおそれがあるとかいうだけでは足りず、債務者が多額の債務を負担し又は将来負担するおそれがあり、このため、債権者が本案事件で勝訴し強制執行へ移行した段階において多額の配当加入が予定され、他の財産をも保全しておかないと前記解放金及び本件不動産では十分満足を受けられないおそれがあるという事情が、本件仮差押決定当時に存することが必要である。

しかしながら、この点に関する≪証拠省略≫は後記認定事実と対比して措信することができず、他にこれを認むべき疎明もない。かえって、≪証拠省略≫によれば、債務者は合名会社豊成工業(以下豊成工業という)の代表社員であり、現在に至るまで債務者の個人的必要から負担した債務はなく、ただ、同社が室蘭信用金庫に対し昭和四〇年一二月七日締結の手形貸付、手形割引、証書貸付、当座貸越及びその他の継続的取引契約に基づき負担する債務につき、物上保証人として、元本極度額金四〇〇万円、損害金日歩六銭の割合の限度で、自己所有の札幌郡広島村大字大曲一八四番の五九山林六畝二一歩、同番の七九山林三畝三歩、同番八六山林九畝二四歩、同番の一二六山林五畝一歩に順位一番の共同根抵当権を設定していること、豊成工業は同金庫より右契約により金四〇〇万円の融資を受けたが、逐次返済していること(昭和四四年六月二四日現在の残債務は金八一万円であるから、本件仮差押決定当時もこれに近い残債務があったに過ぎないものと推測される)右四筆の土地は国道三六号線の附近にあって住宅団地として造成されたもので、時価は坪当り金一万円を下らないものであり、従って、右物上債務が極度額に達したとしても、右四筆の土地をもって十分返済し得るものであること、豊成工業は昭和二六年に設立され現在従業員一二三名で経営状態は順調で、専ら富士製鉄株式会社が製鉄過程において出るスクラップを処理することを業務内容とし、その債務としては、室蘭信用金庫に対する前記金八一万円のほか、富士製鉄株式会社保証のもとに毎月北海道拓殖銀行らか短期返済の約で受けている融資があるが、いずれも約定期限には返済しており、また、毎月の買掛金等の取引上の債務も支障なく決済していること、従って、同社は、現在はもとより本件仮差押決定当時においても、この上さらに経営上融資を受けたり多額の負債を負ったりすることはなく、代表社員として無限責任を負う債務者に対して会社債務につき負担をかけるおそれはないことが疎明される。

以上の事実によれば、本件債権について

さらに仮差押を求める本件申請は、その保全の必要性に欠けるものといわなければならない。なお、債権者は、本件債権の遅延損害金を考慮に入れば、保全の必要が存する旨主張するが、本件仮差押申請は、本件債権の元本のみに関するものであるから右の主張は理由がない。

よって、先に債権者の申請を容れてなした別紙目録(二)記載の債権に対する本件仮差押決定はこれを取消し、その申請を却下し訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松野嘉貞)

<以下省略>

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